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大井剛史&東京佼成「酒井格作品集」リリースに寄せて
正確な日付を記録していなかったのですが、あれは2022年の夏頃、あるいは浜松のジャパンバンドクリニック会場でしたでしょうか?大井さんから突然の相談を受けました。
「東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の演奏でアルバムを作ろうと思っている。制作費は自腹で出す。内容は酒井格さんの作品集。CAFUAさんからCDをリリースしてもらえませんか?」
日本語なのでもちろん言葉は通じておりますが、思いがけない内容が次々出てくるので理解が追い付かず「え?え?」と驚いた、というか動揺したように記憶しております。自腹を切るからには選曲にも音にもデザインにもブックレットにも拘りたい。CAFUAさんならそんなCDを作れるんじゃないか、と実に勿体ない言葉を頂きました。そうとなったら、大井さんが理想とする最高のCDを作りたい!しかし、その後しばらく続報がなかったので、計画は頓挫したかな?と思いましたが、2023年に入り「予定通り実施します!」とのご連絡。こうして、前代未聞の制作体制を取ったアルバム作りがスタートしました。
収録する曲目の目玉は、あの「たなばた」の出版前のバージョン!でした。そもそも「たなばた」は、出版に際して手が加えられていて、高校3年生の時に書いた最初のバージョンは所々異なっていた事は、2020年にニコ生で生配信をした「大井剛史のTalk Live! with composer」(酒井さんをゲストに「たなばた」についてトークをした回)で触れられておりましたので、それが実際に音になるとどんな音がするんだろう?と興味をそそられました。
他には、委嘱の新作として木管のトリオをフィーチャーしたコンチェルティーノ(仮題)、当社から出版している「148の瞳」、コンクール自由曲として人気の高い「森の贈り物」、そして当時まだ初演されたばかりだったヤマハ吹奏楽団委嘱作品「さよなら、カッシーニ」の5曲を収録する予定、と説明を受けました。さすが、自称「イタリスト」を公言する大井さんならではの、拘りのラインナップです。
ところで、吹奏楽のレコーディングは大きく分けて「ライブ録音」と「セッション録音」があります。ライブ録音は、定期演奏会等のコンサート(もちろん、客席に観客もあり)を録音してアルバム化するもので、吹奏楽のCDの大半はこの方法で制作されているものと思います(本番ライブだけでなく、ゲネプロも録音して編集を行うのが一般的です)。ただ、やり直しがきかない事もあり、隅々まで拘りぬいて録音をしたい、となれば、観客を入れずにセッション録音(スタジオ録音、という言い方もします)をする方が高い完成度を実現する事ができます。その代わり、1曲を何時間もかけて録音するので、ホールを複数日使う事になり、制作予算が大きくなるという制約もあります。
今回のレコーディングは、「ライブ録音」と「セッション録音」を折衷するような感じで進めたい、と当初から要望されておりました。まず、演奏会を実施しライブ録音を実施する。その翌日も同じホールを借りてセッション録音を行う。今回のCDには「2023年7月9、10日」と収録日の記載がありますが、9日はライブ録音、10日がセッション録音の日付です。一度演奏会で完成された音楽を披露し、それを踏まえてセッションで更に良いものを録る、という作戦で、限られた日程と予算で最良のものを作る方法としては理にかなっていたように思いますし、結果的にも成功だったのでは、と感じました。
当初「コンチェルティーノ」と呼ばれていた作品は、正式名称が「いちご協奏曲」になった、と聞かされて「い、いちご!?」と驚かされました。しかし、その理由を聞いてみると、ソリストの3名(フルートの瀧本実里さん、オーボエの山本楓さん、ファゴットの柿沼麻美さん)は皆さま栃木県のご出身(ちなみに、大井さんは東京生まれですが栃木育ちとの事、録音会場も宇都宮市文化会館で栃木づくし!)、栃木といえばイチゴ、栃木のイチゴと言えば「とちおとめ」。更に、このお三方と大井さん、TKWOの組み合わせは今回だけになるかも、という事で「一期一会」。そんな意味を込めたとの事で、酒井格さんのセンスが光るタイトルでした。
気になっていた「たなばた」の初期稿については、大学生の時にコピーをとっていたスコアのため、ひょっとしたら高校3年生の時に書いた一番最初のスコアとは違うところがあるかも?との事で、「初稿」ではなく「初期稿」(early version)という表現をとる事にしました。レコーディングを前にスコアのコピーを頂きましたが、まだ10代の酒井さんが手書きされたスコア、これを高校生の時に書いたの?と改めて驚かされました。ちなみに、作曲当時は「The Seventh Night of July」が正式なタイトルだったため、CDへの記載もそちらをメインに据え、「たなばた(初期稿)」という表記の方を小さくしました。これも、大井さんの拘りの1つです。
「148の瞳」は、2017年、春日部共栄高校からの委嘱で作曲・初演された作品です。実は、初演の翌年、まだ出版から間もないこの曲を大井さんはTKWOの東北演奏旅行にプログラムし、各地で演奏してくださっています。また、2021年に初演されたばかりの「さよなら、カッシーニ」も、当初から候補曲としてラインナップされておりました。恐らく、まだ「148の瞳」も「さよなら、カッシーニ」も、作品の存在すら充分に知れ渡っていなかったであろう時期、早くもTKWOの演奏曲として取り上げてくださった大井さん、まさにイタリストの面目躍如たるものがあります。
近年、吹奏楽コンクールで上位大会を狙うバンドの人気曲としてしばしば演奏される「森の贈り物」。あの難しいコルネットのソロを聞くとき、いつも手に汗を握る思いがいたします。当社では、東海大付属第四高校(現・札幌高校)や東海大付属高輪台高校、六角橋吹奏楽団といったバンドの演奏でCDリリースしておりますが、今回、満を持してTKWOの演奏で世に送り出せる事は大きな喜びです。ちなみに、数多く演奏されている「森の贈り物」ですが、プロバンドの演奏としては、オランダの「オランダ王立陸軍ヨハン・ヴィレム・フリソ軍楽隊」(The Royal Netherlands army Band “Johan Willem Friso”)のものと、臨時編成ではありますが「なにわ《オーケストラル》ウィンズ」によるものがリリースされているのみで、TKWOとしては初録音。それどころか、そもそもTKWOは演奏するのも初めて、というのが実に意外でした。あまた名演が既に存在する「森の贈り物」、大井とTKWOはどんなアプローチで臨むのか?、こちらも収録前から楽しみで仕方ありませんでした。
こうして、いよいよ2023年7月、ついに酒井格作品を中心とした演奏会、そしてセッションレコーディングが開催される事になりました。7月8日からリハーサルに参加された酒井さんは、大井さんの指揮やTKWOの演奏に細かく注文をされ、音楽の骨格がどんどんとしっかりしたものになっていきました。7月9日は宇都宮市文化会館での演奏会。七夕を2日過ぎてしまいましたが、本邦初公開となる「たなばた」初期稿や、委嘱新作「いちご協奏曲」などを聞いてみようと、栃木のみならず各地からお客様が集まり大盛況のうちに幕を閉じました。その夜、静まり返ったホールの楽屋には我々録音スタッフと大井さんの姿が。今演奏したばかりのライブ録音を聴き、翌日のセッションは時間が限られていたので、どう進めていくのかを打合せていきます。また、ライブ録音のmp3を全演奏者に共有する事で、個々の奏者も反省や改善に生かす事が出来たのも、昔のテープ録音の時代にはできなかった芸当で、効率的なレコーディングの一助になったものと思います。こうして、7月10日のセッション録音も無事に終了、夏場の北関東名物?突然の雷雨と豪雨の中での撤収となった事が懐かしく思い出されます。
録音を無事に終えた後は、編集作業やブックレットの準備などを進めます。当初、1月のTKWO定期演奏会での発売を予定しておりましたが、当社の制作スケジュール遅れもあり、「急いで作って半端なものにしたくない」という大井さんのご希望により、予定を少し遅らせる事となってしまいました。申しわけない気持ちでいっぱいですが、おかげで、酒井さんがゲストとして招かれていた2月29日の「TKWO課題曲コンサート2024」の日から先行販売を始める事ができ、大いに盛り上がる事が出来たのではないか、と思います。
それにしても、編集音源を確認した大井さんから頂いた修正リクエストの、実に細かく多岐に渡る事!とはいえ、その1つ1つは納得のいく注文ばかりでしたし、おかげでこうして完成度の高いアルバムに仕上がったわけですから、大井さんのご要望に必至でくらいついていった甲斐があったというものです。当社、CDを制作して今年で25年になりますが、今回は本当に勉強になる事がいっぱいでした。
CD収録時間に余裕があったので、ボーナストラックとして「たなばた」のライブ音源を収録しよう、と提案して下さったのも大井さんです。「初期稿」を収録するものの、そもそも「たなばた」をまだ聞いた事の無い方もいらっしゃるだろうし、同じCDに出版前と後のバージョンが入っている方が違いが分かりやすいだろう、という事でしたが、指揮者である大井さんがプロデューサーをされたからこそ実現した事です。録音は2012年のTKWO仙台公演のライブ。まだ大井さんがTKWO正指揮者に就任される前の貴重なライブ音源ですが、今聞いても演奏内容と完成度の高さに驚きます。最後の一音が鳴った後の「ブラボー!」の掛け声と大きな拍手が、普段よりも感慨深く感じられるのは、ここまでの制作の経緯や成り行きがあったからこかもしれません。
CDブックレットに酒井さんの作品一覧を掲載しよう、と言い出したのは当方です。酒井さんは全ての曲に作品番号を振られているので、きっとちゃんとしたリストをお持ちだろうな、と思っての提案でしたが、実際に頂いた資料を元にリストを作り始めると、やはり確認の必要な事項も多く、それらは酒井さん本人じゃないと分からない事ばかりなので、結局酒井さんに大きな負担をおかけしてしまったかもしれません。とはいえ、作品1から202までを網羅した作品一覧、酒井さんのファンにも、そして酒井さんご本人にも?お役に立つものになったのでは、と自負しております。(ちなみに、2024年度の吹奏楽コンクール課題曲「メルヘン」は作品番号197で、198番「いちご協奏曲」の1つ前の作曲という事になります。)
大井さんの拘りと愛が詰まった「酒井格作品集」。いずれ大井さんも、制作の経緯をまとめた文章をまとめられる、と伺っております。今回は、実際にCDを制作した「レーベル」からの目線で(と言いますか、今回の制作をアソシエイト・プロデューサーとして支えましたCAFUAの後藤の目線で、が正しい)振り返ってみました。無事リリースを果たしましたが、今回のアルバムは当社としても特別なもの。より多くの方に、このアルバムを手に取って頂きたく、引き続き宣伝活動を進めて参りたいと思っております!
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